笹野紙演劇大賞(2017年舞台演劇まとめ)

笹野紙演劇大賞は私の私による私のための個人的な遊びによって行われるものです。選考委員1名、責任編集1名、編集長1名(パンダのぬいぐるみ 笹野)の計2名で行われます。

笹野(笹野紙編集長)

選考期間
2017年1月1日〜12月31日

選考対象作品
私が2017年に鑑賞した作品31本
(2017年に上演していないものや海外上演作品も含まれる)

なお、2016年の年末にロンドンで鑑賞したものは2017年鑑賞の中に入れている

以下、受賞作品、受賞者と審査員評

最優秀作品賞 「炎 アンサンディ」(世田谷パブリックシアター) / 人の魂はこのようにして焼かれる
観たときにあまりにも心を揺さぶられて言葉が出なかった。涙が止まらないのに何を見て何を感じて泣いているのかもわからない状態になり途中吐き気すら感じるほどだったことをよく覚えている。

この作品は2人の双子の姉弟が母親の死をきっかけに己のルーツを辿る旅に出る物語だ。そこで彼らは母親の壮絶な人生と自身の出生の謎を知ることになる。

演出や脚本、役者の演技の全ての要素が融合し、互いに引き上げていくような素晴らしい舞台だった。出演者は7名と少人数でありながら何人ものキャラクターを見事に演じ分け国境や時代を超えていく。舞台美術も四角い板のようなものが真ん中に置かれているだけのシンプルなものが基軸となっていてその上で物語は始まり、そして終わる。照明、音響と観客の想像力によって現代の工事現場が当時の内戦の場に変わっていくのは観ていて「演劇はここまでのことができるのか」と衝撃を受けた。人が物語ることの意味やそれを受け取った人の果てしない現実と未来を想像する。五感、いや全身の細胞全部を使って観ることができた作品。


最優秀脚本賞 「プライムたちの夜」(新国立劇場) / 我々の目と鼻の先にある もしもの未来
近年の人工知能の発達は眼を見張るものであるがこの作品は「もしも」こんな未来が来たらどうする?と問いかけるようなものに思える。しかし実際は問いかけるレベルの話ではなくそれが現実となることはほぼ確実で後は人々の心が受け入れるか否かの問題にまで差し掛かっているのだ。私は、受け入れることができるだろうか。

人間と彼らに近しい人の姿形をそのまま模したAI(プライム)の関係はどこか奇妙で歪だ。思い出のデータの集積として死すら超越してしまったプライムたちが人間のため、近しい人の死を受け入れるために存在していることが既に「人が生きるとは何か」を強烈に指摘している。プライムの思い出のデータは書き換えられ、人の記憶に残るものだけが補完されていく。少しずつずれている感情の交錯、己の気持ちと向かい合う覚悟と弱さを会話劇で見事に書ききった作品。


最優秀男優賞 安井順平(「天の敵」「プレイヤー」「散歩する侵略者」の演技) / 現実と虚実の隙間に立つ絶妙な距離感
3作品ともいわゆる主演ではなく助演の演技ではあるがバイプレイヤーとして2017年最も輝いていた存在であり、振り返ってみたときにすぐ思い浮かぶのが安井順平さんの演技だったのだ。己のルックスや肉体、声の質まで把握して自分に与えられた役割をこちらが完全に満足するまで演じきることができる人だと思う。コミックリリーフとして間の取り方も絶妙に上手いのに台詞ひとつで緊迫感を劇場空間に与えることができていた。毎回「世界のどこかに本当にいそう」な人物をポンとそのまま舞台上で体現している。文句なしの受賞。


最優秀女優賞 麻実れい(「炎 アンサンディ」「すべての四月のために」の演技) / 彼女が生み出す世界の重さ
「炎 アンサンディ」では主演、「すべての四月のために」では4姉妹の母親という脇役での出演であるが両作品ともにずば抜けて演技が素晴らしい。目線の動かし方、表情、身体の動かし方、何気ない仕草の1つ1つにキャラクターの人生が宿る。特に「物語る」という語り手としては随一で演技によって作品に重みや説得力をここまでもたらす役者は彼女がトップであるようにすら思える。彼女の演技は絶え間なく続けられる演技に対する努力や鍛錬の軌跡を感じるものだ。彼女に出会えた作品は幸福だと思う。


最優秀演出家賞 Marianne Elliot(「The Curious Incident of the Dog in the Night」の演出) / 想像力と創造力を信じきる強さ
National TheatreではなくGielgud Theatreでの鑑賞であったが四方を観客席で囲むNational Theatreよりもむしろわかりやすくなっていたように思う。壁3面と床に敷かれた電光表示板によって様々な物が映し出されるのだがその見た目の美しさもさることながらまるで数学のパズルを解いているような、人の想像力を掻き立てるようなものでもあり、物語の点と点が繋がって線になっていくその過程が実に巧妙に作り込まれていた。最後にクリストファーが言う「なんだって出来る」は舞台演劇に向けて言われた言葉のようにも受け取れる。


最優秀スタッフ賞 Peter Pan Goes Wrong(Apollo Thatre)/  観客を飽きさせない膨大な仕掛けと笑いのギミック
とにかく上手くいかないピーターパンを何とか最後まで上演しようとするドタバタコメディだがこれがともかく上手くいかないピーターパンはワイヤーアクションで落下、ウェンディは衣装の電光装飾で感電、ウェンディたち3姉弟が眠るベッドは破壊されるし飼い犬はドアポケットに詰まって抜けられなくなる。見ていて1つも飽きることがなく笑い疲れるまで笑った作品である。その裏には膨大な仕掛けが施された舞台セットとそれをタイミングよく作動させるスタッフ達の仕事がある。数え切れないほどの笑いを作るために彼らはどれだけのものを仕込んでいるのかと思うと目眩がするほどだ。音、セットの破壊やタイミングよく切れる照明など、いわゆる裏方スタッフの仕事が煌びやかに輝いていた。いい仕事をありがとう。

優秀作品賞
天の敵(イキウメ)
プライムたちの夜(新国立劇場)
RENT(UK Tour)

優秀男優賞
Layton Williams(RENT)
相島一之(プライムたちの夜)
浜田信也(天の敵)
中嶋しゅう(炎 アンサンディ)

優秀女優賞
村川絵梨(すべての四月のために)
坂本真綾(ミュージカル ダディ・ロング・レッグズ)

優秀スタッフ賞
勝柴次朗(ミュージカル「パレード」の照明)
平野恵巳子(ミュージカル「パレード」のプロデュース)
高橋亜子(ミュージカル「ビリー・エリオット」の訳詞)
 

笹野紙特別賞
(この賞は笹野紙が将来を期待している比較的、新人に贈られる賞です。)
小山ゆうな(「チック」の演出)


来年も楽しく観劇しましょう。
以上、笹野紙でした。