本気で死ぬと思った私の初海外

f:id:sasanopan:20201203171814j:image

空港行きバスの座席に座って私は泣いていた。そりゃあもう泣いていた。傍目から見ればちょっと驚くくらいではないかと思うほど泣いていた。右手にはタオル地のハンカチ、左手にiPhoneを握り締めてボロボロと涙をこぼす。胸は不安で今にも潰れそうなほど萎れている。声を出さずに泣く。うぅ、行きたくない。その日は恐ろしいほど冷え切った天気で耳が凍りついた風でスパッと切れるんじゃないかというくらい寒かった。それはバスに乗り込んでも変わらず、コートの中に顔をなんとか埋めて寒さを凌いだ。やだ、寒い。怖い。行きたくない。頭の中は悪い想像しか思い浮かばない。空港の搭乗口で止められる私、入国審査で止められる私、ホテルでチェックインできない私。だって英語サッパリだし交渉力もない。不安である。不安すぎてロンドンの日本大使館の連絡先とパスポートのコピーを各5枚ほどコートのポケットの中、持ち歩き用のカバン、キャリーケース等のあちこちに仕込んだがそれでも不安だ。涙で顔はグシャグシャ、鼻水も止まることを知らずにダラダラと私のハンカチを濡らす。そういえばバス停に行く車の中でも運転してくれている父の後ろ姿を見て見て「もう2度と会えないかも」と泣いた。ちょっとのミスで死ぬのだと本気で思っていた。入国審査で一言でも間違えれば怪しい人身売買の船に乗せられ、ホテルでは強盗に遭い、慣れないまま歩けば誰かにナイフで刺されるのではないか。やっぱり今からでも家に帰ればいいのではないか。うう、すごく怖い。ビクビクしながら乗った大阪から東京に行く飛行機の中でも泣いていた。泣きながら飲んだJALのスープは美味しかった。そして更に言うと東京でべそべそと泣きながら出国したら頼み綱であるポケットWi-Fiの受け取りを忘れていて本気でトイレで泣いた。泣きすぎて喉がカラカラだった。この旅で私は死ぬと心の底から思っていた。どうしてこんなに怖がっているのかというと。私の身の回りには海外旅行に頻繁に行く人なんて全くおらず、リアルな体験談を聞くことがないままネットだけの情報を頼りに行っていたからである。え?出国ってどうやんの!?!?

だから怖かった。

本当に行きたくなかった。それでも本当に行きたかった。

f:id:sasanopan:20201206170331j:image

初めての搭乗口。私はまだ泣いている。

 

今から6年前のことである。当時の私は21歳で国家試験を控えた大学生であった。その当時、映画「レ・ミゼラブル(2012年公開)」に大ハマりしていた私は、その中の最推しであったアーロン・トヴェイトとサマンサ・バークスがウェストエンド(ロンドン)の舞台に立つと聞いてイギリスに行くことを決めたのだが、海外旅行に行ったこともなければパスポートもなく、飛行機に乗ることだって修学旅行ぶりの素人であった。ホテルの手配だって初めてである。勿論ホテルも劇場もサイトの表記は英語。なるほど、わからん。今思えば危険すぎる。というか無知すぎないか自分。初海外、初1人旅、初個人手配の3拍子が揃ったこの旅。不安要素しかないがどうなるのやら。

 

結果、

めっちゃ楽しかった。

めちゃくちゃ楽しかった。

楽しすぎて次の年も行った。

泣きながらでも行ってよかった。

 

空港の人もホテルの人もロンドンの人たちも皆んなとても優しく親切にしてくれた。道を聞けば分かりやすく教えてくれたし、私が道を聞いた人もその場所を知らないときはスマホで調べて歩いて一緒に行ってくれた。帰りの空港行きのバスを泊まっていない高級ホテルの前で待っていたらスタッフの人が「寒いから中でお待ちください」とフカフカのソファに座らせてくれた。どの親切も私には、じんと沁み入るほどのもので今でも思い出しては心がほっこりと温かくなる。もし彼らが日本に来てくれたときには私も同じようにお返しできたらいいな。

 

こんにちは。

はとさん(@810ibara )主催による

#ぽっぽアドベント 今年も参加させていただきました。最高の企画ですか!最高ですか!最高です!今年のテーマは「変わった/変わらなかったこと」。参加者の皆様の愛あふれる文章やイラスト等が大変素晴らしいので、是非全部読んでください。是非全部読んでください。大事なことなので2回言いました。3回目も言いたいけど控えます。

↑のツイートから一覧に飛べます。

 

私の担当は8日目の12月8日!

他の参加者の皆さんの記事も誰も素晴らしくクリスマスまで毎日ワクワクできるかと思うと嬉しい!

明日の担当は

ユズシマさん、村松さん、茹田真子さんです。

楽しみにしております!

 

f:id:sasanopan:20201207062847j:image

皆んな大好きPRET

 

さて、今年の「変わったこと」といえばまず「海外旅行に行けなくなったこと」が挙げられるのではないだろうか。ビジネス関連ならまだ望みはあるかもしれないが、観光目的での海外渡航はほぼ不可能になった。あぁ、推しを一目見るためにと飛行機に乗ったあの日々が遥か遠くに思える。今度行けるのはいつだろうか。来年?再来年?それとも?そんなことを考えると私の心はあっという間に数少ない海外旅行の思い出へと旅立ってしまう。

 

・初めてのロンドンにて

f:id:sasanopan:20201206170525j:image

素晴らしい舞台を観て頭がパンパンになりながら帰路につく。観たのは歴代アメリカ合衆国大統領の暗殺をテーマにしたミュージカルだ。あぁ、とても、とてもよかった。キャストもオケも演出も恐ろしいほどに素晴らしかった。この体験は間違いなく私の人生に深く残るだろう。すごい体験をしてしまった。どうしよう。ロンドンにて来てよかった。本当によかった。

あたりはすっかり夜になっていて街ゆく人が急ぎ足で移動していた。なるほど、寒いもんね。えーと、確かホテルまでは劇場から歩いて30分ほどだ。興奮しすぎて真冬のはずなのに暑いのか寒いのかわからない。頭に血がのぼっているのかやけにボーッとしている気がする。早くこの気持ちを何かに書かなければ今にも心が爆発してしまいそうだ。何を書こう何から言おうとあれこれ回転していない頭をむりやり回しながらホテルに何とか到着した。

f:id:sasanopan:20201206170608j:image

部屋に入る。ベッドに座る。お昼から何も食べていないのにまるでお腹が空いていない。マーケットへ遊びに行った時にベーグルサンドを買っておいたのだが、あまりにも食欲がないので何口か食べてそのまま捨ててしまった。もったいない。ツイッターにあれこれ書いてそのまま寝た。いや、寝たかった。実際のところ、全く眠れなかった。ようやく、うとうとし始めた時にはもう朝の3時になろうとしていた。

f:id:sasanopan:20201206172333j:image

次の日だったか前の日だったか忘れたが、たまたま同じホテルに泊まっていた日本人のお姉さんと仲良くなった。溌剌としてハキハキと話す人だった。共有キッチンで出会ってそこから朝ご飯を一緒に食べてあれこれ話す。その中で忘れられない言葉がある。会話の流れで初めて海外旅行に来たのだと私が言ったときのことだ。

f:id:sasanopan:20201206173845j:image

「初海外で1人で来たの?」

「はい。個人手配で。」

「じゃあ、もうどこにでも行けるね。」

サラリと言われてしまったこの言葉に「えぇ。」とか適当に応えてしまった気がする。突然のことだったので驚いたのだ。自分がどこにでも行けるということ事実に。自分がどこにでも行っていいのだということに。

お姉さんとはもう何年も会ってないが、この言葉は私の胸の中に大切にしまっている。

 

さて、私が海外旅行の中でもとりわけ好きな行為はぶらぶらと散歩をすることだ。目的地までのウォーキングでもいいし、暇潰しがてらのものでもいい。空気を胸いっぱいに吸い込んで歩く。ひたすら歩く。しばらく黙々と歩くと自分の輪郭がハッキリとしてくるのだ。これは日本での散歩では得られない感覚で、自分の属性や職業や価値観全てを剥がされていって私は単なる1人の人間であることを自覚する。どこにでも行っていい。どこにだって行ける。だって私はただの1人の人間だから。そう思った時に全能感が身体中を駆け巡るのだ。

f:id:sasanopan:20201206174951j:image

「私はどこにでも行ける」と確認するために私は海外旅行に行っているのかもしれない。今は日本にいて、関西にいて、ここで働いているけれどその必要性なんて本当はどこにもない。どこにでも行けるのだから。今ここにいるのは、今だけかもしれないし。そう思うと自分の足元が心なしかしっかりとしてきて自分の意思で地面を踏んでここに立っている気分になるから不思議だ。

 

まとめる。

今年の「変わったこと」は「海外旅行に行けなくなったこと」。「変わらなかったこと」は「海外旅行に行きたいという気持ち」である。

 

やっぱり海外旅行に行きたい。

何年後でも絶対行きたい。

 

f:id:sasanopan:20201206175424j:image

お姉さんに撮ってもらった初海外のときの私。慣れないポージングとビニール袋(マーケットで買った靴下が入っている)がなんだかおかしい。鞄についているダイヤル式の鍵だって今思えばちょっと恥ずかしい。インスタ映えだってしてないし突風に煽られて顔には髪の毛がかかってるし爆笑してるしで変な写真だ。この、全く素敵でも何でもない写真を私は好きだ。あのときの私が「どこにでも行けるよ!」の笑顔で伝えてくれるから。