ミュージカル「RENT」(UK tour)感想 〜RENTは人生そのものの讃美歌だ 〜



A new production celebrating the 20th anniversary of RENT the musical(St.James theatre)

作 Jonathan Larson
演出 Bruce Guthrie

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あらすじ
家賃払いません(有名なので省略)

人生の中で本当に必要なものって意外と少ない。等価交換方法であるお金とそれを使って手に入れることができるものを除くと、家族とか友人とか恋人とかで、私の場合はそこに建物そのものを含めた実家とかが追加される。あとは今まで観た舞台のチケットとか、昔に姉から大学生のときにプレゼントでもらったANNA SUIのピアスとかそういうの。

旅行する前、トランクに洋服やシャンプーとかを詰め込んでいると時々そういうことを考える。実家は両親に守ってもらうとして…というよりもはや建物とか関係なくて私にとって家族が実家(home)なのかもしれない。結局生きるために必要なものは1つのカバンに入るくらい少ない。

だが、今回の作品を観たことによってその概念は大きく変わることになる。

もうこの観劇の思い出さえあれば私はどんなときでも生きていけると思った。

これさえあればいい。
他にはもう何もいらない。

ジョナサン・ラーソン作のミュージカル「RENT」はオフブロードウェイで生まれブロードウェイへ爆発的に駆け上がりそのままトニー賞ピュリッツァー賞を獲得した伝説的ミュージカルだ。その勢いは世界を巻き込んで国境を越えて様々な国で上演されている。ブロードウェイのロングランは12年にも及びその長さは歴代11位である。

RENTは1990年代を舞台にエイズクライシスや芸術家達の運動、ホームレス、若者の不満や怒りそして皮肉などを描いた作品だ。私はRENTが大好きで映画版もブロードウェイラストパフォーマンス版もオリジナルキャストのサントラも持っているが、ロングランや再演を繰り返すことでRENT自身が持つ1990年代当時を2010年代である今現在として描くという手法がジェネレーションギャップを生んでいるというか、やや時代遅れになっているような気がしていた。20年前と今では何もかもが大きく変わってしまっている。

それでも私はRENTが大好きなので渡英したときも「観たいよー。でも完売してるんだよー。」と悲しい気持ちでホステルのベットの上でゴロゴロしていたのだがフォロワーさんから「キャンセルチケット出てるよ」とお教えいただいて飛びついた。行った。

あの夜は人生最高の夜だと言っても過言ではないかもしれない。

今まで忘れられないような素晴らしい舞台作品を沢山観てきて、それぞれがどれも素晴らしいことはまぎれもない事実だ。美味しいパンと美味しいご飯がそれぞれ違った味でそれぞれが美味しいように舞台だってそれぞれの観劇体験がある。当時の私が無職だったことや、そうなるまでの経緯も関係していたのかもしれない。たまたまキャストのコンディションや観客がよかっただけなのかもしれない。このプロダクションを観てやっぱりオリジナル演出のオリジナルキャストだけが最高と思う人もいるだろう。だけど、それはそのときにそのプロダクションを観ていた当時の自分が潜在的に含まれていてそれも好きなわけで。なので、私はこのプロダクションを心の底から愛しているしそれを観ていた自分も含めて思い出まるごとを愛している。

あなたの感動はまぎれもなくあなただけのものでその気持ちは永久不可侵領域である。同じように私の感動も私だけのものだ。それを忘れずにこれからも生きていきたいと思う。

前置きが長くなった上に大幅に話が逸れてしまった。そろそろRENT UK Tour版の話をする。

舞台セットはこんなかんじ。

台の上に舞台を作るのではなく役者が観客と同じ床でパフォーマンスをする床ステージ構造だった。観客もRENTの一員でアンサンブルの一部として考えられている。観客の目がマークのカメラのレンズとなり、ホームレスの一員となり、ボヘミアンの一員となる。

床ステージの利点といえば観客との距離間がほぼゼロになることだ。(リスクとして観客が客観性を持ちにくいというのはありそうだが。)コリンズとエンジェルが歌うI'll cover you のシーンではベンチに座って仲睦まじく愛を歌っているのを見て彼らがまるで私の友人カップルのように感じて「あぁ、よかったね。いつまでも仲良くしてね」と号泣してしまった。私には登場するキャラクター全てを他人とは思えなかった。

演出についてだが床ステージ構造もさることながらオリジナルへの敬愛を感じられる新演出だった。有名な作品を観るときに私はどうしても確認作業になりがちで冷静になってしまうことが多いのだが、このUK tour版は観ていて飽きのこないように見た目を変えている部分や音楽のリミックスが多く、少し全体的にショー気味(la vie boheme ではキャラクター達が思わず踊り出すというより振り付けを次々とこなしていくような派手なダンスシーンだった)で、派手すぎる(エンジェルが死ぬシーンでは背景に心電図が動く電光掲示板があった)というかやや演出過多や部分もあるかなと思ったが、それはそれでとても楽しめたし「オリジナルのここを見たい!」と誰もが思っているであろうSeason of loveのシーンはそのままになっていて演出のさじ加減が上手い。なんやかんやでこの演出は個性豊かなキャラクターをこれまた個性のある役者が演じきっている中でマッチしていたように思う。

このプロダクションを観て特に印象が変わったのはエンジェル(Layton Williams)だ。以前まではそこまでエンジェルというキャラクターの重要性をそこまで感じることができていなかった。しかし、彼が演じるどこまでも凛々しく逞しくて美しい彼女が登場しただけで劇場空間そのものをパッと明るくしてしまうような華がある。それでいて慈愛の満ちた彼女の言動はコリンズだけではなく他のキャラクターや観客の心さえも救ってしまうような女神マリア的存在で、間違いなく作品の芯となって支えていた。人は何気ない表情や眼差しひとつでここまで人の心を穏やかに溶かすのだろうかと思うほど優しさに溢れていてダンスシーンもこれまた最高で柔軟な身体を発揮してキレのあるダイナミックなパフォーマンスを見せてくれた。

その場に存在するだけで救いとなる人物はいる。それがエンジェルだった。

だからこそ彼女を失った時の喪失感というものが現実となって襲ってくる。エンジェルが亡くなってからというもの仲間達はバラバラになりマークはしっかりとした仕事についてロジャーはギターを売り飛ばした。

どんなに大切な人が亡くなっても、生きている人はその人がいないまま生きなければならないという試練がある。だからこそラストシーンでエンジェルがミミをこの世に戻したときに感じる世界への限りない愛に私は揺さぶられる。そのうち彼らはエンジェルが亡くなったことを受け入れて共に生きていくだろう。彼ら自身も持っている夢やHIVウィルスを抱えて生きていくのだろう。もしかしたら亡くなった人の居場所は生きている人たちの心の中でそれを天国と呼ぶのかもしれない。

実をいうと私はRENTでこのキャラクターが好き!というのがないのだが、それぞれのキャラクターの部分に自分の一部を見い出すから好きだ。モーリーンの奔放さもジョアンヌの真面目さもマークの優しさもコリンズのアナーキーなところもホームレスたちの怒りもきっと私の中に少しずつあって彼らがもがきながら人生を謳歌している姿は私自身の人生の肯定にほかならない。
 
一番心に残ったのがWill I ? のシーンだ。
歌詞を少し紹介する。

Will I lose my dignity
Will someone care
Will I wake tomorrow
From this nightmare?

というものがある。自分が死んで誰が一体気にかけてくれるだろうか。気づいてくれるだろうか。明日にはこの悪夢から醒めることができるのだろうか?という意味である。アンサンブルがメインの曲でメインキャラクター達は一緒に輪唱するだけだ。きっとお金がなくて貧しいとか病魔に侵されているとかそういうことだけではなくてもっと人間の根本的な孤独や死に対する絶望を歌っている曲だと思う。私が今ここでこの瞬間死んだとしても誰も気づいてくれないんじゃないか。気づいてくれたとしても悲しんでくれるのだろうか。私はそこまでに値する人生を送ってきたのかと悩む。それはいつの時代でも変わらずあり続けるものだ。

英語の歌詞がとか翻訳がどうこうとか単語とか観客層とかそういうことを感じるよりも先にこのシーンで私は滝のように泣いていた。作品が何もかもを飛び越えて魂に直接触れるような体験は初めてだった。RENTは今この時代でも全然古くない作品だ。今だからこそわかるものも作品の核となる部分に存在している。

滝のように泣きながら私は性別とか年齢とか職業とか自分が抱えるものを全部取っ払った自分自身を見つけた気がした。人間のもつ全てを、人生そのものをRENTは肯定している。喜びや楽しさだけではない。愛が素晴らしいというだけの話でもない。怒りも悲しみも諦めも嫉妬も絶望も見捨てたり隠したりもせずに描いている。

「それでもいい。」と言ってくれていると感じた。人間の汚い部分も美しい部分も否定しない。生まれてきたこと、今まで自分なりに何度も失敗や挫折を繰り返しながら生きてきたこと、そしてこれからそうして生きていくことを否定しない。

「生きることはそれだけで奇跡である」と人生そのものを賛美してくれたこの作品を、このプロダクションが観れたことを私は一生忘れないだろう。

Thanks,Jonathan Larson.