衣・食・住・三十

f:id:sasanopan:20230210212405j:image

30歳になった。ハッピーバースデートゥーミー。よって、自分の中で毎年恒例になった誕生日記事を書く。

ちなみに去年はこんな記事を書いていた。

29歳になった。以前にも書いたかもしれないがが、昔から漠然と「27歳になれば大人になれる」と思い込んでいた。そしてそれから2年も経った29歳だが、特に何も変わっていない気がする。至る所で叫ばれている「30歳目前!ラスト20代!」のような感覚もない。私は私。昨日から今日、今日から明日へと地続きで繋がる肉体と記憶の塊である。ぬるっと28歳から29歳へと移行した。30歳になっても多分こんな感じだと思う。

今、読み直して気づいたが、当たっているのが半分、外れているのが半分くらいである。ぬるっと肉体的には移行したが、精神的には30歳という節目の年になるので、あれやこれやと理由をつけて色々やっていた。あと、仕事も転職して1年間なんとか過ごしたので自分なりに成長しているのではないかと思う。思いたい。思わせてくれ。そうじゃないと困る。

仕事面では周りの環境に恵まれて楽しく日々を過ごしているが、プライベートでは引っ越してきて慣れない土地に慣れないまま1年間を終えてしまった。職場と家の往復でほぼ引きこもりのような生活を相変わらず続けている。どうにかこの状況を脱却したくて試行錯誤しているが、いまだに解決策が見つからないので今年はこの土地も自分のプライベートも楽しく過ごしていきたい。いや、29歳も楽しくなかったわけではないが。

さて、タイトルに「衣・食・住」をつけたのには、理由があるのだ。「30歳の誕生日」に合わせて、プラダの財布を買い、スタンドミキサーを手に入れ(夫がプレゼントしてくれた。BIG LOVE)、実家の階段に手すりをつけてもらうよう両親にお金を渡した。からである。

(スタンドミキサーが何かわからない方はこちらをご覧ください。カフェやベーカリーには大体置いてある。THEパワー系製菓機材。)

財布は、前々からずっと長財布を使っていてそれが10年ほどになるのと、重いのと嵩張るのが嫌になってしまい、「次に買うなら二つ折りで長く使えてブランドものに疎い自分でもテンションの上がるものがいい!」と欲張った結果である。次も10年使わさせていただきたい。

そして、実家の手すりだが、数年前から「周りの人への恩返しをしたい。」という気持ちが自分の中にあって、ようやく実行した。実家の階段は手すりがなく急で、実家にいた時は私もよく足を滑らせたりしていたのだ。両親はまだまだ元気ではあるが、予防介護や家庭内の事故防止の面でつけてもらうことにした。要はお金を封筒に入れて「これで階段に手すりをつけてね。」と渡しただけだが、両親は快く受け取ってくれたので、やってよかったと思う。2人とも末長く健康に過ごしてくれ。

プラダの財布も、スタンドミキサーもとても高価で自分にとって非常に嬉しく、楽しいギフトではある。しかし、「30歳の自分のへのご褒美ギフト」として、「両親へ何かをする」ことを選べた自分を偉いじゃないかと褒めてあげたい。

当たり前ではあるが、周りがあるから自分が居れるのだと再確認した29歳の1年間であった。なんという成長。これからの私が楽しみである。

では、ここで、成田美名子による漫画「エイリアン通り」の台詞を置いてこの記事を終えたい。

 

「うん、だけどおれ 年をとるのってさ、嫌いじゃないよ。」

「年とともに自由になるって私の友人も言ってました。」

「いいね そういうのって 上手に年をとったんだなァ。」

「ーーーーーそうですね。」

 

台詞が出てくるシーンは日常の些細なものだ。この作品を初めて読んだのがそれこそ20年以上も前になるが、未だに忘れられずに私の中にいる。そして、いつのまにか美しい灯台となって柔い灯りを遠くまで投げかけているのだ。