資生堂の「赤」を持ち歩く

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資生堂のルージュルージュ ピコ(ぽぴー)を買った。小さなクレヨンくらいの大きさでとても可愛らしい。私の小さな持ち歩きポーチにも難なく入るしポイントメイクのコスメを使い切ったことのない私としてはこれくらいの大きさがちょうどいいので気に入っている。あまりにも気に入っているので使いもしないのにフタを開けたり閉めたりして遊んでいることが多い。まるで子どもだ。

 

少し前から漠然と資生堂の「赤」に憧れがあった。おそらく2年ほど前に大々的に発売されたリップのルージュルージュのイメージがあるのだと思う。(「SHISEIDO」から、「赤」を極めた口紅「ルージュ ルージュ」 2016年7月1日(金)発売 ~ 資生堂のテクノロジーが生み出す「16色の赤」で、一人ひとりの魅力を引き出す新口紅~|株式会社資生堂のプレスリリース )あとブランドのアイデンティティカラーであることも関係しているのかもしれない。資生堂(SHISEIDO GINZA TOKYO) が掲げたテーマの「Beauty vs. the World」 もその真意はよくわからないけれどすごくかっこいい。化粧品ブランドとして全世界に堂々と胸を張って「美」を主張している潔さと覚悟を感じる。

なのでデパートで資生堂の真っ赤なショップバッグを持った人が歩いているのを見ると「いいなぁ」と羨望の目で見つめていた。いいなぁ。私も欲しいなぁ。それにしてはまだ私自身の中身が伴ってないから次回にしよう。そうしよう。長い間ずっとそんな風に思っていた。資生堂は私にとって「大人の女性」の象徴で、自分自身をコントロールすることができるような人が持つものだと思い込んでいた。ちなみにディオールに対しては「カッコいい女性」というイメージが未だにあるしシャネルは「自立した女性」である。 

そんな中、ルージュルージュ ピコというミニサイズのリップが発売されると聞いて「おぉ、それなら」と発売日にコスメカウンターへ足を運んだ。(ブランドSHISEIDO ピコシリーズ|オンラインショップ|ワタシプラス/資生堂)ルージュルージュの人気色と限定色2色の8色展開、そして通常サイズの半分でお値段も1944円(税込)というお手軽さ。当たり前だが美容部員のお姉さんがしっかりと機械で肌色判定した上でタッチアップしてくれたので納得のいくリップが選べると思う。馴染み色(普段使い向け)と際立ち色(リップが主役になるメイク向け)の2パターンオススメ判定してくれるのもありがたい。白状する。両方買った(ぽぴーと珊瑚礁)。あれ、通常サイズのものを1本買えたのでは…。

 

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そんなわけで私もとうとう資生堂の赤リップデビューを果たしたのである。

 

デパートコスメを普段からガンガン購入している人にとっては鼻で笑われるかもしれないが、個人的にまだ少しだけ敷居が高い。だがそれでいい。敷居は自分で越えることで快感を得られる。そんな私にとってルージュルージュ ピコはお守りのようなもので塗ってなくても「私だって持てるんだ」とポーチの中で見つけるたびに少しだけ自信になる。塗ってみるとその発色のよさとツヤにうっとりしてその日は無敵になれる。資生堂の「赤」は私を強くしてくれる。

 

今度は通常サイズのものを買ってみようと思う。そのときは今よりも資生堂に似合う自分になれていたら嬉しい。

  

ブログを続けているということ

このブログを始めて約4年になる。中学生の頃に宝塚歌劇団にハマっていてその時にもアメブロをやってみたり高校生の頃にデコログをやって日常を綴っていたりしていたのだが、今現在続いているブログとしてはこれが最長になる。当初、始めた理由はツイッターの情報量に疲れてもう少し閉じた空間でゆっくりと自分の考えをまとめたいというものであったけれど今では両方ともガンガン活用しているので自意識の内外のバランスが取れてとてもよい。

 

せっかくライブドアブログから移行したところなのでブログに関するブログ記事を書いてみようと思う。4年間にわたり続けてきたけれど1円も儲けてないし記事の閲覧数だって三ケタいくのがやっと、訪問者数に至っては基本的に一ケタである。いわゆる過疎ブログだ。それでも続けていると思ってもいなかったところで反応がもらえたりしてそれがすごく面白い。私はブログ記事を書き上げたら投稿したあとにツイッターにも流すのだが(そしてそれの反応も基本的に少ないものである)、ごくごく稀に、それも舞台感想を書いたときに限るが出演している女優やスタッフに紹介してもらえたりすることがある。恐れ多くて正直「ヒイイイイイィ!」となるがそれでも私の声が届いて嬉しいという気持ちは確かにあって次回もまた書くぞと前向きになれる。「貴方の作品をこう受け取りました」という声を「確か聞きましたよ」と言ってもらえるのはやはり嬉しい。これは決して「私は認知されているのよ!」という自慢ではなく、あちらもこちらと同じようにオンラインに存在していてインターネットを介して舞台の感想を検索したり読んだりしてるんだなぁという人間性に魅力を感じるというものである。舞台の制作側の人たちは観客である私からすると別世界の人でファンタジーの中に住む魔法使いの集団と思いがちだが実際はそんなことなく、あちらも私と同じように生身の人間であるということにちょっぴり嬉しくなったりもする。なので舞台の感想をまとめる際にブログを利用していると稀に面白い体験ができるのでオススメしておく。あと文章でまとめるようになると自分の鑑賞ポイントがどこにあるのかがわかりやすくなったのでその点でもオススメである。

 

話題を少し変える。1年ほど前にツイッターを介して知り合った方に「ブログ楽しみにしてます」と直接声をかけてもらったことがある。その人は私とは全く違うジャンルが好きで毎日のようにリプライを飛ばしあったりする仲ではなかったし記事を更新していてコメントなどの反応をもらったこともなかったので大変驚いたのとものすごく嬉しかったことをよく覚えている。上手く言えないけれど海に流したボトルメッセージを海岸で待ってくれている人がいたんだとハッキリと認識できた。そんな感じである。コメントやイイねで反応をもらえるのはものすごく嬉しいけれどそうでなくとも心待ちにしてくれている人がいるんだなぁという事実が私はとても嬉しい。

 

私は私のためにブログを書いている。数年後の自分へのタイムカプセルを小分けにして埋めている。今日の私はこんな感じでしたと書き送る。けれど私の書いた文章がどこかにいる誰かの言葉や感情になればいいとも思っている。もし私の記事の更新を楽しみにしてくれている人が1人でもいるのなら私は自分とその人のために書きたい。

 

 

 

NTlive「エンジェルス・イン・アメリカ 第一部 至福千年紀が近づく」感想 〜 未来が翼を広げてやってくる 〜

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神様、助けて。僕には無理だ。」

 

公式サイト

 https://www.ntlive.jp

 

 作:トニー・クシュナー
演出:マリアン・エリオット
出演:アンドリュー・ガーフィールド

ネイサン・レイン

デニース・ゴフ

スーザン・ブラウン

 

あらすじ

エイズクライシス真っ只中の1980年代ニューヨーク。ゲイカップルのルイスとプライアー、弁護士であることに固執するロイ・コーン、セックスレスの夫婦であるジョーとハーパー。彼らを取り巻く人間関係や当時のアメリカの社会背景、失望、葛藤、偏見を描く。

 

感想

 正直なところ、この戯曲の中で描かれているものある程度理解できたかと聞かれてもおそらく半分もできていないだろう。扱われているモチーフの解説がほしい。ミュージカルや芝居を観るようになってある程度アメリカ合衆国について勉強したつもりだけれどそれでもやっぱりわからない。この戯曲が私にはさっぱりわからない。

 でも面白かった。とてもよかった。妄想と空想がひしめく世界で人間の感情が共鳴して交錯するのが個人的に好きだった。

 

彼らにとっての未来は希望や夢の満ち溢れた輝かしいものではなく容赦なく迫り来るタイムリミットのようなものでそれはすなわちいつか来る死であろう。「何故あなたが?」という悲痛な言葉が胸に刺さる。

 

己にとってより良くあろうと生きてきたはずの人達がまるで球体のパズルを完成させるピースのように思える。そしてその最後の一欠片が埋まらないまま手の中で消えていってしまう病魔の無情さ。自由の国アメリカ社会の個人主義アイデンティティと己の葛藤、セックス、妄想。信仰によって人は救済されるのか。彼らにとっての「未来」で生きる我々は何かに救われているのだろうか。天使は神からどんな指示を受けて目の前に君臨したのか。

 

二部も楽しみです。3月まで待てない…

舞台「黒蜥蜴」感想 〜 美しい悪夢が闇に漂う 〜

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公式サイト 『黒蜥蜴』特設ページ 梅田芸術劇場

 

梅田芸術劇場メインホール

2018年2月3日 12時公演

 

演出 デヴィッド・ルヴォー

原作 江戸川乱歩

脚本 三島由紀夫

音楽 江草啓太
音響 長野朋美
衣装 前田文子

あらすじ

有名なので省略

 

感想

黒蜥蜴といえば以前に宝塚歌劇団によるもの(『明智小五郎の事件簿―黒蜥蜴(トカゲ)』『TUXEDO JAZZ(タキシード ジャズ)』 | 花組公演 | 宝塚大劇場 | 宝塚歌劇 | 公式HP )を見たのと、美輪明宏の代表作であるということくらいしか知らなかったのでどちらかといえば三島由紀夫よりも江戸川乱歩の方に知識が偏っている状態で鑑賞した。

 

美術や衣装はモノトーンを基調としていて全体的に退廃的な雰囲気を全体にまとっているのでなんとなく昔のモノクロ映画を見ているような印象を受ける。退廃的なその世界は花弁が落ちる直前のドライフラワーのような美しさだった。特に黒蜥蜴のまとう衣装がどれも本当に素敵でそれを着こなしている中谷美紀さんの佇まいの美しさときたら。その中で唯一カラフルになるのが屋敷の台所(召使いたちの雑談の場になっている)だが、その中でメインキャラクターは登場しない。彼らはある意味ではファンタジーの住人でモノクロの世界の中でそれぞれの美学を追求する芸術家でしかない。黒蜥蜴は死んでいるものを愛する(唯一の例外は明智小五郎であるが)芸術家で明智小五郎は犯罪を愛し、早苗は夢物語を愛し、雨宮は嫉妬や束縛を愛する芸術家である。己の美学を追うあまりそれぞれの倫理観がどこか俗世間の望むものから欠落しているようだ。

 

今作品では明智小五郎はヒーローではなくダークヒーローでもなく平和や退屈を嫌う、犯罪を愛している私設探偵でしかない。いわゆる犯罪を解き明かしていく痛快サスペンスとは全くの別物で見ようによってはあまりにも不親切といってもいいほど説明がなく、探偵と犯罪者という格好の登場人物がいるのに推理劇の要素を切り取り、あくまでも黒蜥蜴と明智小五郎ラブロマンスとして仕立て上げている。現実とはあまりにもかけ離れたキャラクターや設定、ストーリーをそれでも受け入れられるのはその世界観をファンタジーとして完全に作り上げているからであり、日本が舞台の作品だからといってリアリティを出すために凝るのではなく幻想的で耽美な世界観に重点を振り切っていたのがよかったと思う。舞台中心に位置する盆の使い方もわかりやすく黒蜥蜴と明智小五郎の2人のシーンだけ反時計回りに回転することからこの2人が時間すらも超越した存在であることがわかる。現実も観客も何もかもを置いていく2人だけの世界であると。また棒を使って船を表現しているのが面白く、曇りガラスを使って見えそうで見えないキャラクターを想像させる演出もエロティシズムを感じですごくよかった。ただ主演の2人である中谷美紀さんと井上芳雄さんのアクの強さがもう少しあればもっとよかったと感じたのかもしれない、とも思ったことも書いておく。ヒーローではない明智小五郎トリックスターとして舞台を振り回し観客も混乱させる役割を担っているのでもっと嫌味な奴で浮いててもいいのになと。井上芳雄さんの演技が悪いというわけではなく(むしろよかった)、彼自身が好青年さのある魅力の持ち主なのである。逆に成河さんが演じる雨宮のアクの強さが濃く、作品自体のクライマックスがラストの黒蜥蜴と明智小五郎のシーンではなく雨宮と早苗(仮)のシーンになっていた。舞台空間の大きさとキャラクターのパワーバランスの調整の仕方をどうこの戯曲を使って取っていくのかが難しそうだ。

 

全体の雰囲気や世界観は好みで解釈の仕方も好きだったけれど梅田芸術劇場メインホールと三島由紀夫戯曲の相性はあまりよくないのかもしれないと思った。

 

短いけど終わり。よい2018年観劇始めでした。

ウチへの投資をしてみたら幸福度があがった


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この前行ったレストランで出てきたお砂糖が可愛かったので記事とは関係ないけれど貼る。

昨年は休日となればとにかく外に出て観劇したり買い物したり人に会ったりとずっとバタバタしていた。それで得られるものも沢山あったけれどやはり体力や精神力の消費が尋常ではなく、後半はややグッタリしてしまったので今年の目標に「無理に外出しない」を設定した。ということは家の中での生活を楽しくさせた方がいいんじゃないか。ソトに投資していた分を少しくらいウチにしてもいいのではないか。そう思い、いくつかの物を購入したところ想像以上に生活の質が向上したので記録としてここに書いておく。

・パジャマ
人生において睡眠に投資したことがあまりなかったのと冬用のパジャマを持っていなかった(なのでよくわからない薄っぺらい部屋着で眠っていた。寒い)ので購入した。買ったのはコチラ


初めて袖を通したときに「イイね!」と嬉しくなった。まず肌触りがキルティング生地なのでポフポフしていて柔らかくて気持ちいいしほどよく厚みがあるので湯冷めしにくい。けれどいわゆるモコモコパジャマ(私は化繊がダメで痒くなってしまったのといつまでたっても暑いのでダメだった)よりかは熱を逃がしてくれる。背の高い私が着ても窮屈にならないので個人的に百点満点。そしてなによりも「パジャマを着ている」感じがあって入眠スイッチが入るのがよかった。これは秋冬用だけど春夏用も無印良品で今度買う予定である。なんとなく「今のパジャマいまいちだなー」と感じている人には是非無印良品のパジャマを試してみて!とオススメしたい。

・マグカップ


フォロワーさんがオススメしていて気になったので購入。フタと茶こし付きのマグカップで茶葉を適当にザーッと入れて飲むことができるのが便利。フタを外せば茶こし置きにもなるというよく考えられた優れもの。をただ茶こしの穴が網目のものよりも大きいので茶葉の細かい紅茶だと結構通り抜けてきちゃうのが難点。緑茶とかの方が向いてるかも。

・湯たんぽとブランケット
 
100円均一とかで小さめ湯たんぽを買って膝の上に乗せてブランケットをかければあったか〜い。デスクワークするときにいつもエアコンをつけているのに凍えていたけれどこれで解決した。顔だけが暑くなることもないし手をしばらく入れておけば冷えで手が固まることもなし。便利。


家の中のものを見直してみたらぐんと幸せになった。家に帰るのも楽しみになったし家の中での作業の質と量が格段に向上した。睡眠の質もあがった。ということは1日の大半が楽しくなるということかもしれない。やったー。今まではないがしろにしていてどちらかというとコスメや舞台のチケットのような外のものに投資していたけれどこういうのも全然アリだなぁと勉強になった。なんとなくだけど「自分自身を大切にしてるなぁ」というかんじがする。今度は座椅子とかのインテリアとかルームディフューザーを買ってみようかなぁと考えている。


オマケ


無印良品でチケットホルダーを買った。ずっと欲しかったけれどいいデザインのものがなかったので今まで買ってこなかったのだ。とりあえず買ってみるかとこれにしてみたのだがサイズといい使用感といいなかなかいいじゃないかと気に入り始めている。これでグシャグシャになったコンビニのチケット袋からチケットを取り出すこともなくなると思うと嬉しい。安いしシンプルだからマスキングテープとかでデコってもよさそう。A4のリーフレットも三つ折りで入れることもできるので渡されるチラシ束から気になるものを抜いてここに入れれば小さめのカバンで観劇してもいけると思う。

ありがとうございました。いい買い物でした。

笹野紙演劇大賞(2017年舞台演劇まとめ)

笹野紙演劇大賞は私の私による私のための個人的な遊びによって行われるものです。選考委員1名、責任編集1名、編集長1名(パンダのぬいぐるみ 笹野)の計2名で行われます。

笹野(笹野紙編集長)

選考期間
2017年1月1日〜12月31日

選考対象作品
私が2017年に鑑賞した作品31本
(2017年に上演していないものや海外上演作品も含まれる)

なお、2016年の年末にロンドンで鑑賞したものは2017年鑑賞の中に入れている

以下、受賞作品、受賞者と審査員評

最優秀作品賞 「炎 アンサンディ」(世田谷パブリックシアター) / 人の魂はこのようにして焼かれる
観たときにあまりにも心を揺さぶられて言葉が出なかった。涙が止まらないのに何を見て何を感じて泣いているのかもわからない状態になり途中吐き気すら感じるほどだったことをよく覚えている。

この作品は2人の双子の姉弟が母親の死をきっかけに己のルーツを辿る旅に出る物語だ。そこで彼らは母親の壮絶な人生と自身の出生の謎を知ることになる。

演出や脚本、役者の演技の全ての要素が融合し、互いに引き上げていくような素晴らしい舞台だった。出演者は7名と少人数でありながら何人ものキャラクターを見事に演じ分け国境や時代を超えていく。舞台美術も四角い板のようなものが真ん中に置かれているだけのシンプルなものが基軸となっていてその上で物語は始まり、そして終わる。照明、音響と観客の想像力によって現代の工事現場が当時の内戦の場に変わっていくのは観ていて「演劇はここまでのことができるのか」と衝撃を受けた。人が物語ることの意味やそれを受け取った人の果てしない現実と未来を想像する。五感、いや全身の細胞全部を使って観ることができた作品。


最優秀脚本賞 「プライムたちの夜」(新国立劇場) / 我々の目と鼻の先にある もしもの未来
近年の人工知能の発達は眼を見張るものであるがこの作品は「もしも」こんな未来が来たらどうする?と問いかけるようなものに思える。しかし実際は問いかけるレベルの話ではなくそれが現実となることはほぼ確実で後は人々の心が受け入れるか否かの問題にまで差し掛かっているのだ。私は、受け入れることができるだろうか。

人間と彼らに近しい人の姿形をそのまま模したAI(プライム)の関係はどこか奇妙で歪だ。思い出のデータの集積として死すら超越してしまったプライムたちが人間のため、近しい人の死を受け入れるために存在していることが既に「人が生きるとは何か」を強烈に指摘している。プライムの思い出のデータは書き換えられ、人の記憶に残るものだけが補完されていく。少しずつずれている感情の交錯、己の気持ちと向かい合う覚悟と弱さを会話劇で見事に書ききった作品。


最優秀男優賞 安井順平(「天の敵」「プレイヤー」「散歩する侵略者」の演技) / 現実と虚実の隙間に立つ絶妙な距離感
3作品ともいわゆる主演ではなく助演の演技ではあるがバイプレイヤーとして2017年最も輝いていた存在であり、振り返ってみたときにすぐ思い浮かぶのが安井順平さんの演技だったのだ。己のルックスや肉体、声の質まで把握して自分に与えられた役割をこちらが完全に満足するまで演じきることができる人だと思う。コミックリリーフとして間の取り方も絶妙に上手いのに台詞ひとつで緊迫感を劇場空間に与えることができていた。毎回「世界のどこかに本当にいそう」な人物をポンとそのまま舞台上で体現している。文句なしの受賞。


最優秀女優賞 麻実れい(「炎 アンサンディ」「すべての四月のために」の演技) / 彼女が生み出す世界の重さ
「炎 アンサンディ」では主演、「すべての四月のために」では4姉妹の母親という脇役での出演であるが両作品ともにずば抜けて演技が素晴らしい。目線の動かし方、表情、身体の動かし方、何気ない仕草の1つ1つにキャラクターの人生が宿る。特に「物語る」という語り手としては随一で演技によって作品に重みや説得力をここまでもたらす役者は彼女がトップであるようにすら思える。彼女の演技は絶え間なく続けられる演技に対する努力や鍛錬の軌跡を感じるものだ。彼女に出会えた作品は幸福だと思う。


最優秀演出家賞 Marianne Elliot(「The Curious Incident of the Dog in the Night」の演出) / 想像力と創造力を信じきる強さ
National TheatreではなくGielgud Theatreでの鑑賞であったが四方を観客席で囲むNational Theatreよりもむしろわかりやすくなっていたように思う。壁3面と床に敷かれた電光表示板によって様々な物が映し出されるのだがその見た目の美しさもさることながらまるで数学のパズルを解いているような、人の想像力を掻き立てるようなものでもあり、物語の点と点が繋がって線になっていくその過程が実に巧妙に作り込まれていた。最後にクリストファーが言う「なんだって出来る」は舞台演劇に向けて言われた言葉のようにも受け取れる。


最優秀スタッフ賞 Peter Pan Goes Wrong(Apollo Thatre)/  観客を飽きさせない膨大な仕掛けと笑いのギミック
とにかく上手くいかないピーターパンを何とか最後まで上演しようとするドタバタコメディだがこれがともかく上手くいかないピーターパンはワイヤーアクションで落下、ウェンディは衣装の電光装飾で感電、ウェンディたち3姉弟が眠るベッドは破壊されるし飼い犬はドアポケットに詰まって抜けられなくなる。見ていて1つも飽きることがなく笑い疲れるまで笑った作品である。その裏には膨大な仕掛けが施された舞台セットとそれをタイミングよく作動させるスタッフ達の仕事がある。数え切れないほどの笑いを作るために彼らはどれだけのものを仕込んでいるのかと思うと目眩がするほどだ。音、セットの破壊やタイミングよく切れる照明など、いわゆる裏方スタッフの仕事が煌びやかに輝いていた。いい仕事をありがとう。

優秀作品賞
天の敵(イキウメ)
プライムたちの夜(新国立劇場)
RENT(UK Tour)

優秀男優賞
Layton Williams(RENT)
相島一之(プライムたちの夜)
浜田信也(天の敵)
中嶋しゅう(炎 アンサンディ)

優秀女優賞
村川絵梨(すべての四月のために)
坂本真綾(ミュージカル ダディ・ロング・レッグズ)

優秀スタッフ賞
勝柴次朗(ミュージカル「パレード」の照明)
平野恵巳子(ミュージカル「パレード」のプロデュース)
高橋亜子(ミュージカル「ビリー・エリオット」の訳詞)
 

笹野紙特別賞
(この賞は笹野紙が将来を期待している比較的、新人に贈られる賞です。)
小山ゆうな(「チック」の演出)


来年も楽しく観劇しましょう。
以上、笹野紙でした。