映画「THE FIRST SLAM DUNK」感想 (ネタバレあり)〜スラダン世代になれなかった私たちへ 〜

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タイトル:THE FIRST SLAMDUNK

原作・脚本・監督:井上雄彦

公式サイト:映画『THE FIRST SLAM DUNK』

 

私が漫画「SLAM DUNK」、通称「スラダン」と出会ったのは小学生高学年あたりの頃だった。確か従兄弟が全巻を我が家に譲ってくれてそれで読んだのだ。「バスケかぁ…。あんまりバスケ興味ないんだよな」と思いつつページを開いたが最後、臨場感のある試合シーンや強烈な魅力を携えたキャラクターたちに心をとらわれ、次から次へと貪るように読む、読む。実家ではブームとなり、スラダントークが繰り広げられたが、その当時には既に連載終了していた。続きが読めないことがすごく残念だった。リアルタイムであの連載の興奮を味わうことが叶わない。そう、我々はスラダン世代ではなかった。

あれから15年以上経った。私は30目前となり(生き延びてたらいいことあるもんだ)、「井上先生が手がけるスラダン映画が見れるぞ見れるぞ」と夫(彼もまた私と同様のスラダン好きである)とイソイソと支度をして映画館に足を運ぶ。観る。

 

「あぁ、こんな形でこの物語をアニメーションとしてくれるのか」と思った。ベースとドラムの音で始まる本作はオープニングから既に強烈にロックだ、本作で絵が描かれる湘北高校と山王工業高校の試合に出場するメンバーが次々と現れ、動く。井上雄彦の絵が動く。驚愕した。

原作のままの絵が動いている。

何度読み返したのかわからないあの絵が動いている。アニメを「漫画が動き出す」と比喩することがあるが、大体のものはアニメ用にわかりやすく線を減らしたものに作り替えられるが、今作はそうではない。彼らが、井上先生の線が動いている。数年前に資生堂のCMでスラムダンクの絵が動く(こちらも井上先生が手がけている)ものがあるが、あれとはまた似て異なるものだ。今までも多少なりとも、漫画原作のアニメは見てきたつもりである。

なのに、なんだこれは。

何度も何度も読み直し、ほぼ暗記しているくらいのシーンが目の前で動く、選手がプレイする、観客が声を上げて応援する。途中途中に見たかった絵をしっかり決めてくると思いきや、今まで見たことのない角度で同じシーンを新しくまた見せられる。神(読者)の視点、観客の視点、選手の視点がそこにあった。脳内の原作と目の前で動く映画の化学反応でスパークしそうになりながら見る。漫画にはない音楽演出も素晴らしい。空気感や一気に変わっていく試合の勢いをよく体現している。

さらに私が魅力的だと感じたのは、今作の時間の使い方だ。漫画はアニメになると途端に情報のスピードがガクッと落ちて物語の進み方が遅くなるのが通例だが(勿論、そうではないものもあるとは思うが)、今作では、ある意味原作の漫画よりも速いシーンが多い。1秒1秒途切れなく進んでいく、戻れない試合展開を、あえてそのままの目まぐるしいスピードにしてあったのだ。原作の漫画が、試合の凝縮された刹那を丁寧に描き切ってあるのとは対照的に、意図的にモノローグやシーンをバッサリとカットして(もったいない…!と思うシーンも沢山カットされていたのでその辺は個人差があるだろう)、スポーツの「神のみぞ知る」、試合の展開と神々しさを纏わせている。私は試合結果だって、なんならその展開も、得点差も、誰が最後に勝敗を決めたのも知っているはずなのに「ここからどうなっていくのか」と手に汗を握りながら観る試合シーンは、スポーツ観戦と同様の高揚感と焦燥感を抱く。見ながら気付けば息を止めていてこんなに集中したのは久しぶりだった。是非、原作の瞬間瞬間を切り取ったスピードと映画のスピードを体感してほしい。それだけで充分に楽しめるはずだ。

 

さて、物語の話に移ろう。ネタバレがあるので読みたくない人、まだ見てない人はブラウザバックかアプリを終了させてそっと映画のチケットを買うんだ。私との約束だ。

 

連載終了から26年。その間、かつての読者は成長し、年をとり、同様に井上先生も成長し、年をとる。あんなにかっこよく見えたスーパーマンのような高校生のお兄さん、お姉さんも自分がその時代を通り過ぎてみれば、ただの愛おしいガキンチョだ。私は、彼らの幼さと、世間を知らないからこその全能感、その世界の中でガムシャラに努力する姿を見て、かつてのように感動できるのかと少し怖かった。

しかし、今作では彼らは普通の(そしてバスケが好きで好きで仕方のない)高校生だった。親に心配をかけ、親を心配する愛おしい子供だ。原作通りの桜木花道ではなく、宮城リョータを主人公に据え、リョータの過去や家族関係を描くことによって彼の幼さや成長していく様を見ていく我々の目線は保護者の目線と変わりない。あれから26年も経ったのだ(私は読んで10数年ではあるが)。そこが嬉しかった。成長していくのはキャラクターだけではなく観客の我々もそうだったのだと。

 

我々は今作を通じてバスケットの試合を観戦し、応援する。同時に選手としてもプレーすることになり、最後にはスラダンに出会ったあの頃の自分と対峙する。当時の胸の高鳴りや興奮をこのような形で味わえるなんて思ってもなかった。それぐらい嬉しく、楽しい鑑賞体験だった。

 

逆に言えば、完全にスラダンファンのために作られた映画であり、スラダンに触れたことない人は置いていかれてしまうのだろうと思うが、私は完全なるファンなのでよく分からないのが正直なところだ。

 

ただ映画館で観れてよかった。この熱狂や時代のリアルタイムで次々と流れていく作品を覆っていく空気を一緒に楽しめることができてよかった。スラムダンク世代になれなかった私たちへのとっておきのプレゼントだ。そして、スラムダンク世代の貴方のとっておきの宝物だ。

 

なんなく興味があるな、漫画が好きだったけど。くらいに思っている人もそうでない人もスラダン好きな人には全員見てほしい。

 

素晴らしい作品だった。多分映画館でまた観る。