魔女になりたい

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魔女になりたい。わりとマジで。

幼い頃からずっと魔女に憧れていた。魔女になりたかった。あらかじめ言っておくが、ここで書く「魔女」とは「ある一定の年齢までに性交渉経験を持たなかった女性を揶揄する単語」ではない。箒に跨り、自由に空を飛び回り、豊富な知識と人生経験を持ち、時には魔法を使うこともできる女性のことである。年齢は不詳であればあるほどよい。永遠に老けない美しい魔女も良いかも知れないが、顔に多くの皺を刻んだ魔女でもよい。大きな鍋でスープをぐつぐつと煮込み、パンを焼き、薬草を使って傷や病を癒す魔女。時には街まで出掛けて人々と交流する。好きな服を着て好きな化粧をして好きなように移動するのだ。毎回箒で移動するのは疲れるのでたまには電車や車に乗ってもいいだろう。私は現代の技術と上手く付き合える魔女なのだ。スマホやパソコンだって使う。伝書鳩を飛ばして仲間たちと交流するのもいいが、SkypeやZOOMでオンライン交流会をするのもきっと楽しいだろう。朝は好きな時に起きて庭の花を摘み、家の掃除と畑の世話をする。小鳥たちが近況報告をしてくれるのでそれに耳を傾けて世の中のことを知る。もちろん、後でパソコンのニュースサイト等でもチェックはする。なんたって私は現代の魔女ですから。お昼ご飯は街に行ってお気に入りのお店で食べる。帰りには書店に寄って好きな本を買う、食料品店にも寄って小麦粉やらバターも買わなくてはいけない。ついでにベーコンとお砂糖も。あぁ、重い。重い荷物を持って歩くのが億劫になってきたので、手を空中で一振りして、魔法で人がすっぽりと収まるような大きな黒い蓋つきの鍋を召喚する。その中に全部荷物を入れて蓋をするとビューンと勝手に家に向かってくれるのだ。私も箒を召喚して跨り、家に向かう。最近は道路交通法がうるさいので、ある程度のスピードは守る。風が頬を撫でるのが気持ちいい。ようやく到着して玄関から家に入ると、キッチンからいい匂いがする。そうだ、パウンドケーキを焼いていたのだった。先に行っていた大きな黒い鍋はテーブルの上でペシャンコになっていて小麦粉やらバターやらヨーグルトが「ここにいてもいいの?冷蔵庫に行った方がいい?」と鍋から顔を出してこちらを伺っていた。私は少しだけ深呼吸して、たまたまテーブルの上にあった杖(やはり杖がある方が集中できる)を手にとって一振りすると、ヤカンに水が入り、ガスコンロにかかり、ティーポットには茶葉がザザッと勝手に入り込む。今日はストロングアッサムにしましょう。そう思いながらリビングにあるロッキングチェアに深く腰掛けると、窓際に飾ってあるドライフラワーのスワッグが随分色褪せていたのが見えたので「明日は違うスワッグを作って取り替えよう」と思い立つ、今の季節ならミモザがいいだろう。ミモザの色が映えるようなリボンも選ばなくてはいけない。明るいブルーはどうかしら。いやいや、明るいミントグリーンも春っぽくていいかもしれない。そう頭の中でシミュレーションしているとカタカタとミルクティーの入ったティーカップが空中を散歩するようにこちらへとやってきた。ナイスタイミング。さぁ、ここからが私の至福の時間。iPadNetflixを開き、好きなドラマや映画を見る。飽きたら好き勝手に眠る。眠っている間にシチューが煮込まれ、パンやチキンが焼かれる。夜になると夫が巨大なドラゴンに乗って帰ってくる…。

そんなことを考える。しかも頻繁に。ターシャ・テューダような広い敷地に住み、花畑と共に暮らしたい。梨木香歩による小説「西の魔女が死んだ」のおばあちゃんのように自分をコントロールしつつ楽しんで生きたい。自然と共に生き、人と適切な距離を取って暮らしたい。

魔女になりたい。私は魔女になりたい。